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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)1537号 判決 1980年2月29日

原告

阪上洋

右訴訟代理人弁護士

沢藤統一郎

(ほか一一名)

被告

シンガポール・エアラインズ・リミテッド

日本における代表者

ジェイ・イー・ジェスダリン

右訴訟代理人弁護士

福井富男

原寿

主文

一  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金一五、一四四、二四〇円及び内金一、九一一、一四〇円に対する昭和五一年三月九日から、内金一三、二三三、一〇〇円に対する昭和五三年八月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は主文第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  主文第一項及び第四項と同旨の判決

2  被告は、原告に対し、金一五、二〇七、九四〇円及び内金一、九一一、一四〇円に対する昭和五一年三月九日から、内金一三、二九六、八〇〇円に対する昭和五三年八月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  2につき仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事実

一  請求原因

1  原告は、昭和四四年一一月一三日にマレーシア・シンガポール航空(以下「MSA」という。)に入社した。

被告は、昭和四七年一月二八日にMSAの後継会社としてシンガポール共和国法に準拠して設立された外国法人であって、旅客、貨物、郵便の航空運送業を営業の目的とするものであり、MSA日本支社の債権債務を承継している。

その結果、原告とMSAの雇用関係は、被告に承継され、原告は、以来被告の営業部旅客課員として勤務していた。

2  被告は、昭和五〇年六月一二日、原告に対し、懲戒解雇(以下「本件解雇」という。)の意思表示をし、翌一三日以降原告を従業員として取扱わず、労務の受領を拒否し、賃金を支払わない。

3  本件解雇当時における原告の賃金は、一ケ月当り基本給二〇七、九〇〇円、住宅手当一二、〇〇〇円以上合計二一九、九〇〇円であった(昭和五〇年六月一三日から三〇日までの賃金は一三一、九四〇円)が、被告の規定によって定期昇給を受けるため、昭和五〇年一一月一日以後の基本給及び住宅手当は、別紙(略)賃金目録記載のとおりとなり、また、昭和五〇年以後の一時金は別紙一時金目録記載のとおりである。

原告が昭和五〇年五月から同年六月一二日までに被告のために支出した接待費及び交通費のうち、被告の規定により原告が支払を受けるべき各手当は、五月分が四五、五〇〇円(接待費手当二五、〇〇〇円、交通費手当二〇、五〇〇円)、六月一日から同月一二日までの分が一八、二〇〇円、以上合計六三、七〇〇円である。

4  よって、原告は、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに昭和五〇年六月一三日から昭和五三年七月三一日までの未払賃金、別紙一時金目録記載の一時金、前記手当六三、七〇〇円以上合計一五、二〇七、九四〇円及び昭和五〇年六月一三日から昭和五一年二月二九日までの賃金一、九一一、一四〇円に対する昭和五一年三月九日から、残金一三、二九六、八〇〇円に対する昭和五三年八月一日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  認否

1  請求原因1の事実は、原告がMSAに入社した日を除いて認める。原告がMSAに入社した日は昭和四四年一一月一二日である。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、本件解雇が無効ならば昭和五〇年六月一三日から昭和五一年二月分までの原告の賃金額が原告主張のとおりとなることは認める。

三  抗弁

1  被告は、当時の就業規則第一七条第三項、第一八条第一一項に基づき昭和五〇年六月一二日原告に対し懲戒解雇の意思表示をした。

2  右懲戒解雇の理由は次のとおりである。

(一) 被告は、各営業部員との間に個別に、被告が毎月初旬に営業部員に対し接待費及び交通費の前払金として一定金額を一括交付しておき、各営業部員は当該月間に支出した金額に基づいて清算報告書を作成し、さらに接待費についてはこれに支出した金額を裏付ける領収証を添付して、これらを翌月初旬に被告に提出し、実出費額が前払金額を超える場合は追加支給はないが、これを下まわる場合は差額を被告に返還する旨の契約を結んで来た。

(二) そして被告は、右契約に基づき昭和五〇年二月ないし四月当時原告に対し、接待費手当として月額各二五、〇〇〇円、交通費手当として月額各二〇、五〇〇円を交付した。

(三) これに対し原告は、昭和五〇年二月分の交通費として一三、二〇〇円、同年三月分の交通費として一四、〇二〇円を支出しただけであるにもかかわらず、各清算報告書において同年二月分の交通費として二三、八〇〇円、同年三月分の交通費として二〇、六〇〇円を支出したと報告し、同年四月分の接待費については、真実は十数名の組合員と一緒に飲食し後日その代金を各人から徴収していたにもかかわらず、郵船航空株式会社の鈴木に対する接待に一二、七六〇円を支出したとして右の領収証を添付して報告し、また真実に反し、富士海外旅行株式会社の木下に対する接待に九、四〇〇円を支出したとして別の機会における領収証を添付して報告し、さらに同月分の交通費として、一四、〇二〇円を支出しただけであったにもかかわらず、二〇、七〇〇円を支出したと報告した。

(四) 原告の右の行為は、昭和五〇年二月ないし四月分の清算報告につき虚偽の報告をなし、不正に利得したものであって、被告の就業規則第一八条所定の「不行跡と見做されるもの」の一である「虚偽、または不当な請求」(同条第一一項)に該当するので、同規則第一七条第三項の「従業員は会社に不利益な、または不利益と見做される業務上、または業務外の不行跡、その他の行為がある場合には予告またはこれに代る予告手当の支払いなしに解雇される」との規定に基づき懲戒解雇の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実中、交通費手当についても清算手続を要するとの点は否認し、その余の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実は認める。

(三)  同2(三)の事実中、原告が昭和五〇年二月分の交通費として一三、二〇〇円、同年三、四月分の交通費として各一四、〇二〇円を支出しただけであるとの点はいずれも否認し、その余の事実は認める。ただし同年四月分の接待費手当は全額正当な接待費として費消したが、領収証をとれなかったので一二、七六〇円については私的飲食により得た領収証を流用したものである。

(四)  同2(四)の事実中、就業規則第一七条第三項及び第一八条第一一項にそれぞれ被告主張のような規定があることを認め、その余の事実は否認する。被告が本件解雇の意思表示時に解雇事由として原告に告知した事実は四月分の接待費及び交通費に関することのみである。

五  再抗弁

1  本件解雇は、被告がシンガポール航空労働組合(以下「組合」という。)の弱体化を企図し、結成以来組合執行委員長であり、組合の中心的指導者であった原告を企業及び組合から排除することにより組合を弱体化するためになされたものであって、労働組合法(以下「労組法」という。)第七条第一号及び第三号に該当するものであって無効である。即ち、

(一) 原告は、昭和四八年五月に被告の日本支社従業員有志が労働組合の結成をはかったとき率先して労働組合設立委員会を作り、自らその委員となって準備活動をすすめ、同年六月二二日の組合結成大会において初代の執行委員長に選ばれ、今日まで引続きその地位にある。

(二) 原告は、労使協調主義を採らず、自らの地位の安定や出世のために被告におもねることもなく、従って原告の指導する組合は結成以来常に会社に厳しい要求を出し、ストライキを含む闘争戦術をも行使する組合となった。そのため被告は、組合結成直後から組合を敵視し、非組合員の範囲を次第に拡大し、あるいは就業規則を改悪し、管理体制を強化するなど組合の弱体化をはかっている。

(三) のみならず被告の日本支社長であったチャン・ワイ・ナムは、原告を組合から切りはなすべく、原告に対し、組合結成以来再三に亘って管理職への登用を示唆・勧誘し、昭和四九年一〇月にも原告が語学力特に商業英語の能力に欠けることを理由に右勧誘を拒絶すると、わざわざリーダーズ・ダイジェスト社から英語学習用の英書を取りよせ、無料で提供しようとしたこともある。

(四) また、昭和四九年一〇月一八日、被告営業部長松田輝夫は、原告に対し、旅客部支配人(パセンジャー・マネージャー)というポストを新設するが原告にその地位に就かないかと勧誘し、原告がこれを断ると右ポスト新設計画は撤回された。右は、原告を組合から切りはなそうとする被告の策謀であるが、被告は、右のような懐柔策が効を奏しないとみるや、原告をシンガポールに駐在員として派遣しようとして失敗し、遂には原告の些細なミスを探し出し本件解雇に及んだものであって、典型的な不当労働行為である。

2  仮に本件解雇が不当労働行為でなかったとしても、本件解雇は解雇権の濫用であり、無効である。即ち

(一) 被告の就業規則の解釈上、懲戒解雇事由としての「虚偽または不当な請求」(第一八条第一一項)とは、その頻度、動機、態様、金額、他に与える影響等を綜合考慮し、被告の経営秩序を破壊し、雇用契約上の信頼関係を破壊する行為のみに限られるべきものであり、それに至らない行為は右規定には該当しないものである。

しかして、本件解雇には次のような事情があるので、就業規則所定の前記懲戒解雇事由に該当しない。

(二) 被告における営業部員の交通費手当に関しては、昭和四四年一一月一三日当時のMSA日本支社長であったM・H・タンから原告宛の同日付採用通知書において、原告が月額一六、五〇〇円の交通費手当を受けることができる旨定められているのみで、その清算手続も報告及び返還義務も定められていない。従って右の定めは通常の業務に必要な交通費の額を予め想定して定額支給としたものであり、請求によって手当を取得するという性質のものではない。そうすると被告がその業務指揮権の行使として交通費支出額の報告を求めることは可能であるが、未使用分の返還を求めることは一方的な労働条件の変更であって許されないものである。

(三)(1) 接待費手当に関しては、前記採用通知書に最高二五、〇〇〇円の接待費手当を支給すること及び右手当については領収証を添付して清算をすべきことが一応定められている。

(2) ところで、営業部員の主たる任務は、代理店と呼ばれる旅行業者と接触して代理店に自社便を利用してもらうよう働きかけることであるが、原告は、約三〇余の代理店を担当し、その従業員と接触するため、ときには昼食を共にし、冠婚葬祭につきあい、代理店の社内旅行に金一封を寄附するなど、その負担は次第に増大し、今日その全額を前記接待費手当で賄うことは不可能であるし、また、右出費の性質上領収証を徴し得ないものが極めて多い。そこで清算報告書に添付する領収証も他のものを流用し、互いにこれを融通するなどして領収証の不足を補い、辻褄を合せていたものであり、このようなことは従来から社内で公然と行なわれ、かつ慣行化していたもので、被告もこれを容認し、清算報告書と領収証の額面さえ合えば、敢えて前払金の返還を要求しなかったものである。

(四) のみならず、原告の昭和五〇年四月分の接待費手当及び交通費手当の清算報告については、その清算の方法において誤りこそあったが、各手当の前払金については全額接待費及び交通費として費消している。ただ接待費については、三件の接待(接待費二、九〇〇円)を除いて、すべて領収証のとれなかったものであって原告において右各手当を不正に利得したものでもなければ、被告に損害を与えたものでもない。

昭和五〇年二、三月分の交通費手当もその清算報告の方法につき正確性を欠く点はあったが、原告は交通費としていずれも二〇、五〇〇円以上を支出しており、不正利得の事実はない。

(五)(1) 従って、原告の行為は、未だ経営秩序を破壊したものとはいえず、懲戒解雇権の行使は権利の濫用であるといわなければならない。

(2) また、被告は、前記のとおり、これまで領収証流用の事実を知りながら、これを放置し、本件懲戒解雇以前には接待費手当の清算に関して一度も懲戒、訓告、注意処分をしたことがなかったにもかかわらず、本件に至って突如問題視し、他の者の清算報告の実態を調査せず、あるいは調査するもその結果を歪曲してひとり原告のみを規律違反とし、強引に本件解雇に及んだものであるから、本件解雇は、公平の原則ないし信義則に反し、権利の濫用として許されない。

六  再抗弁に対する認否と反論

1(一)  再抗弁1(一)の事実中、原告が組合結成大会において初代の執行委員長に選ばれ、今日までその地位にあることは認めるが、その余の事実は不知。

(二)  同1(二)の事実中、被告に対する組合の姿勢が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同1(三)の事実中、チャン・ワイ・ナムが原告主張の英書を原告に提供した事実は認めるが、その余の事実は否認する。右英書は、チャンが知人に与えるために購入所持していたものであるが、原告から英語の学習方法について相談を受けたため、社員の能力を向上させる目的でこれを原告に提供したものにすぎない。

(四)  同1(四)の事実は否認する。

2(一)  再抗弁2(一)の主張は争う。

(二)  同2(二)の事実中、交通費手当が定額支給であり、請求によって生ずるものでもなく、未使用分の返還を求めることは一方的な労働条件の変更で許されないとの点は否認し、その余の事実は認める。

(三)(1)  同2(三)(1)の事実は認める。

(2) 同2(三)(2)の事実中、営業部員の主たる任務が原告主張のとおりであること、原告が約三〇余の代理店を担当していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  同2(四)の事実は否認する。

(五)  同2(五)の事実中、被告が本件解雇以前には接待費手当の清算に関して一度も懲戒、訓告、注意処分をしたことがないことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

(六)  原告の本件行為は、職務を利用して私腹を肥やし、被告に損害を与えたものであるから、従業員の非行としては極めて悪質かつ不当なものである。しかも、被告においては、このような虚偽または不当な金銭請求は、従業員として最も悪質な不行跡であり、解雇に値するとして、昭和四三年以来文書でこのことを従業員に周知徹底させていたものである。しかるに、原告は、このような行為を三ケ月に亘って行ったものであり、その行為の態様、金額からみて、本件各行為は被告との信頼関係を破壊し、企業秩序を著しく紊すものであって、前記就業規則所定の懲戒解雇事由に該当することは明らかであり、不当労働行為の成立する余地はないし、解雇権の濫用に亘る場合でもない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1の事実は、原告がMSAに入社した日を除いて当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、原告は昭和四四年一一月一二日MSAに雇用されたことが認められる。そして請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで抗弁について検討するに、被告の就業規則第一七条第三項、第一八条第一一項には被告主張のような定めがあり、被告が昭和五〇年六月一二日原告に対し右の規定に基づいて懲戒解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

そして、(証拠略)を綜合すれば、被告は被告主張の事実を理由として右懲戒解雇の意思表示をしたものであることが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。

三  そこで本件解雇の当否について検討する。

1(一)  昭和五〇年二月ないし四月当時被告が原告との間で、被告は毎月初旬原告に対し接待費手当の名目で月額二五、〇〇〇円、交通費手当の名目で月額二〇、五〇〇円の金員を前払し、原告は当該月間に接待費及び交通費として支出した金額につきそれぞれ清算報告書を作成し、なお接待費については支出金額を裏付ける領収証を添付して、これらを翌月初旬に被告に提出するものとし、実出費額が前払金額を超える場合は追加支給はないが、これを下まわる場合は差額を返還するという契約を締結しており、被告は右契約に基づき原告に対し当時接待費手当及び交通費手当として前記各金員を前払交付していたこと、これに対し原告は同年二月分の交通費として二三、八〇〇円、同年三月分の交通費として二〇、六〇〇円を支出したと報告し、また昭和五〇年四月分の接待費中合計二二、一六〇円につき被告主張のような虚偽の清算報告をなし、また同月分の交通費として二〇、七〇〇円を支出したと報告したことは、当事者間に争いがない。

原告は交通費手当については清算手続を要しないと主張するので、この点について検討するに、原告主張の原告宛採用通知書に原告が月額一六、五〇〇円の交通費手当を受けることができる旨定められているが、その清算手続も報告及び返還義務も定められていないことは当事者間に争いがない。しかし、(証拠略)によれば、原告と被告との雇用契約においては、原告は毎月一六、五〇〇円(現在毎月二〇、五〇〇円)の範囲内で交通費手当を請求しうる資格があるとされていたこと、岩城登志雄は入社に際し営業支配人の渋川から交通費についても清算報告すべきであり残金が生じたときは返還を要するものである旨説明されたこと、現に営業部員は毎月例外なく交通費手当の清算報告を行っていることが認められ、右事実によると交通費手当についても清算報告を要するものであったといわなければならない。従って原告のこの点に関する主張は理由がない。

そして、以上の事実によれば、接待費手当及び交通費手当に関する契約は、原告が接待費及び交通費を支出した場合において被告に対し所定の手続をとったときは、前記前払金額の範囲内で実出費額に対応する金額を終局的に取得できる趣旨のものであったということができる。

(二)  そこで原告が実際に支出した交通費及び接待費の金額とその清算手続について検討する。

まず交通費については、(証拠略)を綜合すれば、原告が被告に提出した前記二月分の交通費清算報告書記載の乗車区間に必要な交通費は一三、二〇〇円であり、同三、四月分の同報告書記載の乗車区間に必要な交通費は各一四、〇二〇円にしかすぎないことが認められるので、右各清算報告は、虚偽の請求に該当するものということができるが、(証拠略)によれば、他の営業部員の四月分交通費の支出額はいずれも二〇、五〇〇円以上であることが認められ、さらに原告の前記各交通費清算報告書記載の交通費はいずれも僅か五日分を記載したものにすぎず、これに原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告が右各月に支出した交通費がそれぞれ二〇、五〇〇円を超えたことを推測することができる。

次に接待費について検討する。前記争いのない事実及び(証拠略)によると、原告は四月分の接待費として五件合計二五、〇六〇円を支出したと報告したが、このうち二二、一六〇円については接待していない者を接待したかのように偽り、さらにそのうち一二、七六〇円については私的飲食によって得た領収証をこれに添付したものであるところ、(証拠略)中には、原告が四月に支出した接待費は二五、〇〇〇円を上まわるが、いずれも喫茶店での商談等の際の少額の飲食代金に支出したため体面上領収証をとれず、これに代えて前記私的領収証等を清算報告書に添付したものであるという趣旨の記載ないし供述が存する。しかしながら、原告の本件虚偽報告が問題になったのは昭和五〇年五月初旬であって、右報告の対象期間から僅かの日時しか経過していず、原告がいう領収証のとれない出費についての支出先、接待者等の裏付をとることは容易であったにもかかわらず、原告においてかかる裏付をとろうとした形跡がないこと、原告のいうような少額の接待のみで二五、〇〇〇円を上まわる金額を支出したものとは考え難いことに鑑みると、前記記載及び供述はにわかに措信し得ない。

従って、原告は、右同月分の接待費手当二五、〇〇〇円のうち二、九〇〇円については正当に取得しうべきものであったが、その余の二二、一〇〇円については、現実には業務に関する接待として支出しなかったにもかかわらず、二二、一六〇円を支出したとの虚偽の清算報告を行い、これに基づき右二二、一〇〇円を不当に取得したものということができる。

(三)  以上の事実によれば、原告は昭和五〇年二月ないし四月分の交通費の各一部についていずれも虚偽の清算報告をなし、同年四月分の接待費につき虚偽の報告をすると共に不当な請求をなしたものといわざるを得ないから、原告には前記就業規則第一七条第三項、第一八条第一一項に該当する行為があるといわなければならない。

2  原告は、本件解雇は組合の弱体化を目的としたもので、労組法第七条第一号及び第三号に該当し無効であると主張するので以下検討する。

(一)  原告が組合結成以来組合執行委員長の地位にあることは当事者間に争いがない。

(証拠略)によれば、組合結成以前被告には日本人従業員全員をもって構成するコミッティ(従業員委員会)が存在し、従業員の会社に対する要求等を代弁するなどしていたが、労働組合ではなかった関係からその活動には自ら限界があったこと、右のような事情から、昭和四八年五月頃に至って、従業員の間に労働組合結成の気運が持ちあがり、同月末頃組合結成の動きが具体化しはじめるや、原告は渡辺紀経と共に労働組合設立準備委員に選ばれ、組合結成のための法規の研究、規約の作成、役員候補者の選定等、組合結成に必要な準備作業を行い、同年六月二二日の組合結成大会において初代の執行委員長に選ばれ、昭和四九年七月三日、昭和五〇年七月三日の各定期大会においても執行委員長に再選ないし三選されていること、組合は成立以後各種の権利要求、ベースアップ要求等をかかげて被告と交渉し、昭和四九年の春闘では腕章着用、ビラ貼り、超過勤務拒否を行って被告の譲歩を得、同年の年末一時金闘争ではストライキを行うなどして、昭和五〇年頃までに、賃上、年末一時金、特別年末年始勤務手当、食事手当等各種手当、出産、育児休暇等の新設、明文化ないし増額等を得たが、原告は右各闘争等において委員長として指導的役割を果たしていること、被告においても原告の組合における地位、組合に対する指導力は十分に認識していたことが認められる。

なお、(証拠略)中には、昭和四九年二月頃松田関東地区営業支配人が原告に対し課長にならないかと申し出、さらに同年一〇月頃には管理職の一つとしてパッセンジャー・マネジャーを新設するから右マネジャーに就任しないかと申出るなど原告を管理職に登用しようとしたが、原告がこれを拒否すると原告をシンガポール駐在員に派遣しようと試みたとの記載及び供述があるが、右は、(人証略)に照らし、措信し得ない。

(二)  しかしながら、(証拠略)によれば、被告においては昭和四三年以来、虚偽または水増した超過勤務手当、食事手当等の請求等虚偽または不当な請求及び出勤簿への不正記入等は解雇事由となる旨を度々明らかにし、従業員の金銭上の不正に対しては厳しい態度で臨むことを明らかにしていたこと、営業部員は一般職員中では最も高い給与が与えられるほか、代理店に対し被告から示されたガイドラインの範囲内で予約の割引率を決定したり、同店に対する手数料の決定等を行う権限を与えられるなど被告の信頼は極めて高く、その故に接待費及び交通費手当についても自己申告制度をとっていることが認められ、従って原告の行為は営業部員への信頼を傷つけたものであり、また、交通費の虚偽報告の点はともかくとして、発覚の端緒となった接待費については、前記のごとく全く接待したことのない者を接待したとして、私的に飲食した際の領収証を清算報告書に添付して金銭を不当に取得しようとしたものであるから、被告において軽視しえない場合であったものということができる。

しかも(証拠略)によると、被告は当時の日本支社長チャン・ワイ・ナムを委員長とし、会計部長中村節夫、支社長室長松田輝夫を委員とする懲戒査問委員会を設けて、被査問者たる原告及び原告が取調べを要求した一〇人の証人(旅客・貨物各営業課長、同課員等)を取調べ、原告が二ないし四月分の交通費及び四月分の接待費の各清算報告書において虚偽の報告をしたり接待していない者を接待したと記載した事実を認めたこと、右証人中三名はこれまで接待費の清算報告につき、私的な飲食によって得た領収証を添付したことがあり、他の七名も清算報告書記載の接待以外の接待によって得た領収証を右報告書に添付したことがあるが、結局右一〇名とも清算報告書にはすべて実際に接待した者だけを記載していると証言したので、これと原告の行為を比較考量し、本件解雇に至ったものであることが認められる。

のみならず、(人証略)によれば、被告は、組合結成後間もない時期から組合に対し、チェック・オフ、掲示板貸与、勤務時間中の団体交渉出席者への賃金支払等各種の便宜供与をし、さらに原告に対する二度目の査問委員会を昭和五〇年五月一九日に開く予定をしていたが、当時はいわゆる春闘中で組合に不利益を及ぼすのをおそれ同年六月一一日に延期するなど必ずしも組合を敵視し硬直した姿勢をとっていなかったことが認められる。

これらの事実に鑑みると、本件解雇は、原告が組合の活動家であることを真の理由としながら、前記虚偽の清算報告等を口実としてなされたものということはできず、この点に関する原告の主張は失当である。

3  次に本件解雇が権利の濫用に該るとの主張について検討する。

(一)  交通費及び接待費の清算報告方法についてみるに、(人証略)によると、営業部長は、接待費の清算報告に対し、被接待者が報告者の担当範囲内のものか、添付された領収証と報告内容が合致しているか否かを、交通費については本人の担当地域内に関するものか否か、金額が二〇、五〇〇円以内か否かという点に重点をおいて検査し、会計部長は両手当の清算報告書と領収証類との数額が合致するか否かを審査することとしていることが認められる。(証拠略)中右認定に反する部分はいずれも措信せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

従って、接待費及び交通費各手当の清算報告に対する被告の検査体制は一応整えられていたものと認められる。

(二)  しかし、他方、(証拠略)によれば、原告らが被告に提出する清算報告書の作成方法は提出者が入社の際先輩らからそれぞれ教示されていたが、中には、原告らに対し、右清算報告書は一応の形式が整っておれば必ずしも事実に即したものでなくともよいなどと教示し、あるいは接待費、交通費は返還を要しないよう全額費消したように辻褄を合わせるよう示唆するものもあり、原告もまた右両手当を実質上賃金の一部のように観念し、その清算報告については右の程度で十分であると認識していたほか、接待費の清算報告書に添付される領収証については、喫茶店での飲食、冠婚葬祭に対する出費等その性質上領収証のとれない場合もあるため、原告を含む多くの営業部員が他人の領収証や私的な飲食により得た領収証を流用した経験を有していること、交通費手当の清算報告については、旅客営業課員神山智の交通費の報告書中、四月七日分一八五〇円、同営業課長樋口征二の同報告書中、同月二五日分一六八〇円はいずれも過大請求であり、貨物営業課長平沢安隆及び同課員宮川邦雄はいずれも自己の自動車を使用して得意先を訪問しているにもかかわらず交通費を請求していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  しかして、右事実によると、接待費及び交通費手当の清算報告については一応の検査体制があったとはいえ、その検査の実情は相当に形式的なものであり、営業部員のなす清算報告も相当形式化し、被告において容認していたものと認めるべき証拠はないけれども、右清算報告は、必ずしも実体に即したものではなくなり、右各手当の趣旨及び清算報告に対する営業部員の認識も相当弛緩していて、原告もその例にもれなかったものといわなければならない。しかも、本件における接待費及び交通費の虚偽報告は、前払金にかかるものであったため、虚偽の請求を行って新に金銭の交付を受ける場合とは、実質的にみて若干色合を異にし、原告の被告を害する意識は主観的には希薄なものであったということができる。

また、前記のとおり、原告のした交通費手当の虚偽報告は、実際にはこれに相当する支出を行っていると考えられる場合であるし、接待費手当の虚偽報告・不当請求は、少額のものということができる。

さらに、(証拠略)によれば、原告は被告からの問合せに対し昭和五〇年五月六日交通費の計算違いと接待費の領収証の流用を詫びる旨の書面を提出していることが認められる。

これらの点を併せ考えると、原告の行為が被告にとって軽視できなかったものではあっても、これに対して懲戒解雇をもって臨むことは、苛酷に失し、権利の濫用として無効であるといわなければならない。

従って、原告は昭和五〇年六月一三日以降も被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあるものというべきである。

四  そこで、原告に対する未払賃金額について検討するに、本件解雇が無効であるならば、昭和五〇年六月一三日から昭和五一年二月分までの各月の原告の賃金額が原告主張のとおりとなることは当事者間に争いがなく、同年三月分から昭和五三年七月分までの各月の賃金額及び昭和五〇年一二月から昭和五三年六月までの年末、夏期等の各一時金の金額がいずれも原告主張の金額となることは被告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。右事実によれば、被告は原告に対し昭和五〇年六月一三日から昭和五三年七月三一日までの未払賃金及び一時金合計一五、一四四、二四〇円並びに右のうち昭和五〇年六月一三日から昭和五一年二月末日までの未払賃金一、九一一、一四〇円に対する履行期後である昭和五一年三月九日から、残金一三、二三三、一〇〇円に対する履行期後である昭和五三年八月一日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

次に、接待費手当及び交通費手当については、前記のとおり、原告が現実に接待費及び交通費を支出した場合に、所定の手続をとることにより被告から月額二五、〇〇〇円又は二〇、五〇〇円の限度で支払を受け得るものであるが、昭和五〇年五月一日から同年六月一二日までの間原告がどのような内容及び金額の接待費及び交通費を支出したかにつき、これを認めるに足りる証拠がない。

五  よって原告の本訴請求は、原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認、金一五、一四四、二四〇円並びに内金一、九一一、一四〇円に対する昭和五一年三月九日から、内金一三、二三三、一〇〇円に対する昭和五三年八月一日から各完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桜井文夫 裁判官 福井厚士 裁判官仲宗根一郎は、転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 桜井文夫)

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